フィリピンで結婚式を挙げて2ヶ月ほど経った8月のお盆。ボクは妻に会いにフィリピンに行きました。
というのも、国際結婚の定めなのですが、妻のビザはまだ下りていないからです。
結構、長く会っていないような錯覚がありましたが、実際は2ヶ月後の再開となりました。仕事は休んで、思い切って1週間ほどフィリピンで過ごすことにしました。
今回の渡航に際しても、たくさんのお土産を準備しました。
いつもの段ボールには、妻に渡すドレスや、妻はキットカットが好きみたいなので、キットカットを入れました。それから、リクエストがあったので、今回は海苔巻きを作るための道具や、お好み焼きを作るための材料も持っていくこととなりました。
今回は基本的には妻の実家に泊めてもらうことにしました。14~16日だけは夫婦水入らずで 「ウォーターフロント インシュラー ホテル ダバオ」 に泊まることにしました。
11日の日中は当然の如く仕事をこなしました。それから少しだけ仮眠をとって、いつものように12時には自宅を出発しました。とにかく、宮城県からダバオに行くのは時間がとてつもなくかかります。
お土産も持った、パスポートも持った、ホテルも予約してある、航空券も予約してある。
準備は万端です。いざ、出発。
ダバオに着いたのは、もう薄暗くなった後でした。
しかし、空港の外に出てみると迎えに来ているハズの妻や家族が着ていません。一瞬、とてつもない不安がよぎりました。妻のお姉さんに電話をかけようと思ったら、向こうから家族が走り寄ってきました。とても安心しました。
兎に角、外国は不安で仕方ありません。
義理の兄の運転する軽トラ (正真正銘、スズキの軽トラを改造したもの) を改造したジープに乗って、早速、妻の家に向かいました。
今までは、夜ともなると親族がみんな来ていました。しかし、今回は皆忙しいようで、皆が勢ぞろいする機会は少なかったと感じました。8月が休暇なのは、やはり日本独自のもので、フィリピンでは休暇ではない様子でした。ただ、数日後に大きなお祭りがあるという事は聞きました。
日中は、子供たちは学校に行きました。
子供が学校に行くのに、ボクは家でのんびりと・・・。なんだか、無性に申し訳ないような気分になりました。ニートの気分とでもいいましょうか・・・。妻の家にいる時は、特になにもすることもなく、道行く人を観察していました。道行く人の視線は、少し冷たいような気がするような、しないような?
きっと、あの日本人は仕事をしていないんだな、なんて思われていたかもしれません。
アレルギーが心配だった義理の母も薬を飲んでいるから、元気だそうで安心しました。
今回の滞在でも、当然、何回かはレストランにも出かけましたし観光もしました。
16日には以前から行きたいと思っていた ジャパニーズ・トンネル に連れて行ってもらうことになりました。
しかし、その内容の薄さには驚きました。炭鉱のようなもので、見学はすぐに終わってしまいました。
そこで、 クロコダイル・パーク にも出かけることとなりました。こちらは割と楽しむことができました。とにかくワニの多いこと。他にも珍しい鳥も多数見学することができました。
帰国前日は、妻と義理の妹と D’Leonor Inland Resort & Adventure Park に出かけました。なんでも妻は Zip line を体験してみたいのだとか。ちょっとした遊園地なのですが、日中に人がいないのにはびっくりでした。妻からは、夜間にイベントがあり、夕方から賑わってくると聞きました。
今回の旅は、妻の実家にとてもお世話になりました。いつものように、とてもおいしい料理でもてなしてくれました。きっと、精一杯のごちそうを作ってくれたのだと思います。他の家族の分を食べてはいけないと思いながらも、たくさん食べてしまいました。
それに、一番良い部屋を貸してくれました。
また、妻がどのような生活を送っているのかも実際に知ることができました。
しかし、フィリピンのトイレは少し苦手です。また、蚊も少ないのですが、香取線香を焚くわけでもないので、夜間に多数刺されてしまいました。しかも、その腫れることと言ったら。日本の蚊ともまた違うのかもしれません。次回は、蚊取り線香を持参したいと思いました。
(フィリピンにも蚊取り線香のようなものがない訳ではないようです。)
3日間、泊まったホテルはとても気に入りました。海の近くというシチェーションもさることながら、部屋もきれいですし、朝食もおいしかったです。料金もそんなに高価ではありませんでした。
日本でもそうですが、ホテルには当たりハズレがあります。当然高価な宿泊費を払えば、それなりのホテルには泊まることができます。しかし、ある程度料金は高くても部屋はきたなく、料理もイマイチのホテルもあります。フロント インシュラー ホテル ダバオはお手頃価格で料理も満足でした。
次回も同じホテルに泊まりたいと思います。
最期の夕食の際には、お好み焼きを作りました。妻も作り方を覚えたようで、後日写真を送ってきました。
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今回の別れは、涙は少しで済みました。少しだけ別れにも慣れたのかな?
次回は、妻は日本に来ます。裏を返せば、妻が日本に来る段階になるまでは、ボクもフィリピンには行かないつもりです。それまでの期間はとても長いものになると予想されます。
少なくとも3ヶ月はかかることでしょう。長くて半年。
しかし、それも長い人生のひとコマに過ぎません。
きっと、来年は皆で笑って過ごしているよ。大変なのは、今のうちだけだよ。そう信じて、その日が来るまで耐えていきたいと思います。
Caution ! ” Lolo Kazu ” ” フィリピン国際結婚相談所 マリッジキューピット ” !
( name : 松橋 和幸 ( kazuyuki matsuhashi ) )
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